TOP体験談 クレアビジョン

Kさん(40代男性、自営業、東京)

ISISは、ひと言でいえば「自分自身の内面を深く深く掘り下げる一つの方法」だと思います。
ISISとは、Inner Space Interactive Sourcing の頭文字をとったものですが、自分の内面世界を(ペアになった二人で互いに交替で)旅をするような感覚です。
その旅の中で、ふだんは覚えていないような過去の出来事を思い出したり、日頃は意識下に抑えられているような感覚や感情が表に現れたりします。
それは日常の自分があえて(無意識的に)目をそむけている事柄が多いのですが、すこし勇気をもって向き合ってみると、それは必ずしも自分を害するものではないことがわかります。むしろ、そこに踏み込んでみることで、自分では気がつかなかった自分の強さや豊かさを実感できたり、忘れていた自分本来のイキイキした姿を思い出したりします。

私は幼少の頃、母親の実家に行くのが好きでした。母方の祖母は、私たち孫に対してきつく叱るようなことは一切なく、かといって甘やかすわけではなく、いつも温かい目で見守ってくれる人でした。祖母の家はほんとうに居心地がよく、私の子ども時代で最も幸福な時間だったのです。ISISのとき、突然それを思い出しました。
じつは成長するにしたがい、次第に祖母の家とは疎遠になり、成人するころには冠婚葬祭以外はほとんど訪ねることはなくなっていました。あるとき、祖母が病気になったと聞きました。一度お見舞いに行かなくてはと思いながらも、もうずいぶんと訪ねていないのでなんとなく行きづらく、また仕事が忙しいという理由で行きそびれていました。いつかは訪ねたいなあ、そう心の片隅で思いながら数年が経ちました。そしてある日、祖母が亡くなったという知らせを受け取ったのです。
私はそのことに後ろめたさがあったので、母方の祖母のことは日頃記憶にふたをしていました。しかし、ほんとうは激しく後悔していたのです。あんなに大切にしてもらったのに、人生で最大の幸福な時間をもらっていたのに、自分は何一つ恩返しもせず、感謝の言葉を述べることすらしてこなかった……。ISIS中、とめどなく涙があふれました。
大事なことを蔑ろにしてきた自分を責める気持ちがある一方で、そこからさらに奥深く進んで行くと、たとえ祖母がこの世にはいなかったとしても、私があのとき幸せだったことには違いないし、祖母に対して感謝の気持ちを持つことは今からでも遅くはないと思えてきました。そして何よりも、祖母のすばらしい美徳を、この私が受け継いでいけばいいということ、それこそがどんな感謝の言葉を紡ぎ出すことよりも、祖母の思いに報いることではないかということに気がついたのです。

ISISは、他人に指摘されるとか、誰かに導かれて何かに気づくのではありません。自分で自分を見つめて、自分で気がついていくものです。他人から言われたことに対して、ほんとうに確信することは難しいと思いますし、権威のある人だからと信じることは相手への依存につながると思います。ISISを通じて気づいたことは、ほんとうの自分の確信となります。ISISIを重ねるにしたがって、他人の意見に左右されたり、人の評価が気になったりということがなくなりました。
人生の尺度が、他人から自分に変わったのです。自分が人生の主人公になれたといってもいいかもしれません。

竹内 清文さんの人生のストーリー

Copyright © 2021 Takeuchi Kiyofumi All rights reserved.